いつもいた季節
2019年03月23日
いつか 見た あの大きな 樹の下で
わたしは どれだけ 泣いただろう・・・
輝きながら 愛されながら
それでも わたしは 満たされることなく・・・
いつもいた あの小さな 家の中で
わたしは どれだけ 怒っただろう・・・
泣くことも出来ず 文句ばかり言って・・・
それでも 涙だけは出せず・・・
いつも わたしは 考えた
あの人のようになろうとして
いつも わたしは 心のどこかで
あの人が 作った場所にいる事を
誇りに思って仕方なく・・・
それでも わたしは 大きな樹の下でも
ちいさな家のなかでも 泣いてばかり 怒ってばかり・・・
わたしは どうして あんなにも
考えることを やめられなかったのだろう・・・
考えすぎたために わたしの頭はおかしくなり
それから 25年経っても
わたしは ずっと おかしいまま・・・
考えすぎて わたしは なにを得たのかな
お金を得た だいすきな だんなさまも いてくれるようになった
その結果があったとしても
それでも わたしは あの選択しか 出来なかったのだろうか・・・
運命だったのだろうか・・・
それでも わたしは これからも
どれだけ 苦しくても
どれだけ 代償があったとしても
きっと 考えることを やめないだろう
いや 考える事を やめずにいられないだろう・・・
だって わたしは 考えるために 生まれて来たから!
わたしは どれだけ 泣いただろう・・・
輝きながら 愛されながら
それでも わたしは 満たされることなく・・・
いつもいた あの小さな 家の中で
わたしは どれだけ 怒っただろう・・・
泣くことも出来ず 文句ばかり言って・・・
それでも 涙だけは出せず・・・
いつも わたしは 考えた
あの人のようになろうとして
いつも わたしは 心のどこかで
あの人が 作った場所にいる事を
誇りに思って仕方なく・・・
それでも わたしは 大きな樹の下でも
ちいさな家のなかでも 泣いてばかり 怒ってばかり・・・
わたしは どうして あんなにも
考えることを やめられなかったのだろう・・・
考えすぎたために わたしの頭はおかしくなり
それから 25年経っても
わたしは ずっと おかしいまま・・・
考えすぎて わたしは なにを得たのかな
お金を得た だいすきな だんなさまも いてくれるようになった
その結果があったとしても
それでも わたしは あの選択しか 出来なかったのだろうか・・・
運命だったのだろうか・・・
それでも わたしは これからも
どれだけ 苦しくても
どれだけ 代償があったとしても
きっと 考えることを やめないだろう
いや 考える事を やめずにいられないだろう・・・
だって わたしは 考えるために 生まれて来たから!
Posted by 川島陽子 ・ ひだまりみかん
at 07:47
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